《 松森本院棟・母屋》

松森医院の本院棟(母屋) 【編集中 6/30】

《 2代 松森医院 》

立派な本院棟(母屋棟)は、昭和3年に、2代目 松森正純(~S37 )院長により建築されました。個人の住宅というよりは、武家屋敷のような造りで、住民の居室は考慮されていない設計です。中庭側からの見栄えは、背が高く塔のようにみも見えてより重厚なデザインです。この時代に、当時の感覚では現在の2億円程度の工費であったのだろうと推察しています。

このような立派な医院を個人て建築されたということで松森家の豊富な資金力を推察できます。昭和33年に、3代 松森正美院長(T6~S59)が新医院棟(現在の店舗施設)を建築し、その後S38(1964)年に、母屋の旧医院スペースを居住区に大リフォームされていますが、昭和初期の豪壮な医院建築として歴史的な建築物として保存の価値がある建築物と個人的には考えています。

建築当初は、威光をはなつ剛建築であったと思います。2階は総松の材木、1Fは総檜と使い分けられ、棟梁は淡河町の「 組」。基礎は大阪の「  」と聞き及びます。その繊細な造りは、あちこにみれますが、玄関の天井と応接室天井に轟天が残っています。これらの豪華な材木は、大阪からはこばれたとのことです。建築についてはなるべきく早い段階で建築学科の学生さんの協力を得ながら研究をまとめる必要を感じています。松森家の医療での貢献は今後に調査研究を行いたいと考えます。

応急工事:本院棟(母屋棟)は、傷みが進行し一日も早い再生が望まれます。R2/R3年と所有者の費用負担で、屋根対策、腐朽木材の撤去、次の設備関係の交換が行われています。現在は、内装(建具)、外装の工事を待っている状態です。

みらい会議が取り組んだ内容;屋根の補修、渡り廊下の減築と屋根吹き替え、厨房の屋根半面葺き替え、トユの交換など、屋根周りの修理。また、1F・2Fにトイレ交換に新設・お風呂の入れ替え。医院棟・母屋・アトリエと3棟の電気工事は、野瀬の「尾崎電機さん」、設計から隠蔽配線工事と困難な工事となりました。また、給排水工事、下水の引き込み工事は敷地にぎりぎりに建築されているため、重機も使えず難工事となり、野瀬の「石川住設さん」が経験と工夫で各種配管を埋設接続を行いました。

《修理工事について》

  • 応急工事:H1・屋根応急修理(医院・母屋)・藏(低)屋根吹替
  • 解体工事:R2・ガレージ・旧病棟・藏前渡り廊下
  • DIY工事 :R2.5月~12月 医院棟サッシ交換・室内塗装・通用玄関屋根工事・杉板外装
  • 1期工事 :R3.1月~6月 集落排水接続・電気・給排水・雨水・設備・瓦・トユ・防水・サッシ・建具・塗装)
  • 2期工事 :R3.6月~12月 藏(低)外装・藏(高)外装・RCアトリエ棟修理(トイレ、風呂)、給排水設備延長(母屋・アトリエ棟)・母屋風呂・母屋トイレ再生・おくど再生・ピザ窯建造・その他
  • 母屋正面(1,2F建具)・居間の床・厨房・おくどさん再生・台所・畳・室内清掃
  •      ※:灯篭再固定・庭の整備・アトリエ棟・多くの事業が残ります。

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